月間アーカイブ 16年11月

政務活動費領収書のHP公開を

16年11月14日 月曜日

きょう(14日)、富山市議会などで問題となった政務活動費について、領収書を市民がいつでも閲覧できるようにして透明性を高めるため、HP(ホームページ)などネットで公開するよう検討を―と、尾沢三夫米子市議会議長に申し入れをしました。 (さらに…)

曇り空でしたが、穏やかな日和で朝宣伝

16年11月14日 月曜日

きょう(14日)、毎週月曜日の定例、日本共産党の朝宣伝をいつもの交差点でしてきました。
参議院に舞台を移したTPPの論戦、日本の経済主権を売り飛ばし、食の安全をないがしろにする亡国の協定は撤回しかない❗️国会内外の運動と徹底した審議を通じて撤回させましょう、と呼びかけました。
また、地元にある航空自衛隊美保基地への空中給油機配備をやめさせ、戦争法の発動を許さない戦いを訴えました。

中海の窪地の埋め戻しは急務です‼

16年11月13日 日曜日

一日も早く美しく豊かな中海(なかうみ)を取り戻そう―と、幅広い住民運動で国営の干拓・淡水化事業をストップさせ、いま自然再生に住民組織として取り組んでいる「美しい中海を守る住民会議」(門脇英隆代表)がきょう(13日)午前、米子市内で講演会を開催しました。 (さらに…)

「西田税~二・二六事件から80年~」展

16年11月12日 土曜日

きょう(12日)午前、米子市立山陰歴史館で開かれている「西田税(にしだ・みつぎ)〜二・二六事件から80年〜」展を見てきました。
西田税は明治34(1901)年に現米子市博労町に生まれ、陸軍士官学校を経て陸軍騎兵少尉に就きますが病気のため予備役に。この間、国家社会主義者と呼ばれる北一輝の知遇を得たことが税の思想・行動に大きな影響を与えた、とされています。そして、昭和11(1936)年に軍部将校らによって引き起こされた二・二六事件の首魁として刑死しています。 (さらに…)

「美保に空中給油機はいらない」学習会

16年11月12日 土曜日

鳥取県西部にある航空自衛隊美保基地に新型空中給油機KC-46Aの配備計画が持ち上がり、その危険性について理解を深めようと「空中給油機問題学習会」(同実行委員会主催)がきょう(12日)の午後、境港市民会館で開かれました。
学習会では日本共産党中央委員会の小泉親司・基地対策委員会責任者(元参院議員)が「戦争法下での美保基地への空中給油機配備がもたらすもの」と題して講演。辺野古・高江での基地強化・拡大、南スーダンでの駆けつけ警護、日本の軍備増強と米軍・自衛隊基地の増強など、戦争法が強行されて1年たつ状況を解説。 (さらに…)

3日間の視察から帰り、きょうは街頭宣伝

16年11月10日 木曜日

きょう(10日)の午前中は「義方デー」。日本共産党義方支部のみなさんと街頭宣伝活動をしてきました。
私はハンドマイクで校区内5カ所で訴え。米大統領選でのトランプ氏当選、緊迫したTPPをめぐっての国会情勢、安保法制のもと地元にある航空自衛隊美保基地に空中給油機が配備されようとしている問題―などについて政策を述べました。
支部のみなさんは、私が訴えている周辺の家庭に9月議会報告ビラを配布。月曜日から3日間、九州方面に行政視察に行って帰った翌日の宣伝行動です。あったかい鹿児島から山陰に戻り、寒さが身にしみる季節になりました。

空中給油機配備を考える学習会

16年11月6日 日曜日

地元にある航空自衛隊美保基地に新型空中給油機が配備されようとしている問題で、住民のみなさんとともにその危険性について考えていこうと学習会が計画されました。同実行委員会主催。
今月12日(土)午後2時から、境港市民会館(電話 0859-47-1105)で日本共産党中央委員会の小泉親司(こいずみ・ちかし)基地対策委員会責任者(元参院議員)を講師に迎えて開きます。
美保基地を強化し、米軍と一体となった戦略基地にさせてはなりません! ご参加をお待ちしています。

甘~くなってね!

16年11月5日 土曜日

今年も干し柿のすだれが、わが家の2階の物干し竿に吊されました。
西条柿を妻がせっせと皮むきし、荷造り紐にぶら下げて吊るすだけ。甘〜くなってね(*^o^*)

13日(日)に中海問題の講演会開きます

16年11月4日 金曜日

きょう午前中は、鳥取県西部や島根県東部の住民にとって身近な水環境である中海(なかうみ)の自然を守り、いかす取り組みを進めている「美しい中海を守る住民会議」(門脇英隆代表)の幹事会が開かれ、今月13日(日)に開く講演会の取り組みについて話し合いました。 (さらに…)

大阪での叔母の葬儀に参列

16年11月3日 木曜日

きょう(3日)朝の6時に、叔父や叔母、いとこと4人で車に乗り合わせて米子を出発し、今月1日に亡くなった叔母の葬儀参列のため、大阪に出かけてきました。亡くなった叔母は、私が子どもだった頃からかわいがってくれ、中学や高校時代には夏休みや春休みにたびたび訪れさせていただき、大阪見物に連れて行ってもらったり、大阪万博の時には1週間以上も宿泊させてもらい叔母宅を“根城”に会場通いをさせていただいたものです。 (さらに…)