松尾陽吉先生、さようなら

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 21日、市議会の日程を終え、「しんぶん赤旗」読者集金に旧庁舎を回ったついでに市史編纂室を久しぶりにのぞいてみた。今朝の新聞で、市史編纂編集会議編集長を務めておられた松尾陽吉先生の訃報に接したからだ。

 ただし、私自身は松尾先生に直接教わったことはない。先生は1921年(大正10年)の生まれ。旧制松江高校、東京帝国大学文学部国史学科を卒業され、旧制米子中学、県立米子東高校で教鞭をとるかたわら、伯耆文化研究会結成に参加され、郷土調査や論文の発表を通じて地域文化の掘り起こしに貢献。一方、県立米子図書館長として図書館振興にも寄与し、1993年(平成5年)からは米子市史編纂常任編集員となり、現在刊行中の「米子市史」の編纂に全力を傾注された。(この項の記述は、市史編纂の大原事務局長の資料より)

 個人的なご縁は、市議となって以来、早朝宣伝の定番となっている錦町3丁目交差点でハンドマイク宣伝をしていると、自転車に乗って、あるいは徒歩で市史編纂事務所に出勤される先生が、「よっ、頑張ってるね」と時たま声をかけていただいていたこと。ぜんぜん釣り合いの取れた話ではないにしても、先生が国史、私が西洋史の専攻だったこともあり、昼休憩の市役所食堂でたまにご一緒すると、歴史研究の醍醐味をとつとつと聞かせていただいたこと、そんな思い出が残っている。

 市史編纂事務局長の大原先生に聞くと、来年刊行予定の市史最終巻のために松尾先生は今年10月の締め切りの歴史年表の原稿をすでに仕上げていらっしゃった、とか。自らの死期を悟っておられたのか、最後まで責任感のあふれた先生らしい仕事っぷりだと感じ入った。先生の葬儀は明日午前に営まれる。ご冥福をお祈りする。

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