やることはいっぱいあります ボランティア4

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がれきの中の消防車 宮古でのボランティア活動最終日の15日、午前中は市街地近くの公園などに設置された仮設住宅2ヵ所を訪問。3日間であわせて約120戸を訪問し、3分の1近くの被災世帯から要望などをお聞きすることができました。お昼に宮古地区委員会でカレーライスのご相伴にあずかったのち、田中地区委員長の見送りをうけて帰路に。東北にまでそうそう来ることはないのだからと、遠回りして大槌町、釜石市の被災状況を見て夕方遅くに東北道に乗りました。

 阪神淡路から16年もたつのに仮設住宅の住環境は改善されたとは思えない、玄関-4畳半-6畳と続く部屋の間仕切り戸があって部屋が暗く風通しが悪い、津波が押し寄せた元の場所に家を再建するのは「自制を」と市役所から言われているが、あとは自己責任らしく、よっぽど「建てるな」と言われて代替地を提供してもらったほうがまし、入居者のコミュニティをはかることができる場を確保してほしい-など、要望は次々と出された。

 被災者とて日本国民。文化的な最低限度の生活をしっかりと保障する。これが国の責務のはず。その点でまだまだという感を強くしました。「夏物衣類がほしい!」-、こんなことを被災者に言わせる文化的な国家ってあるのだろうか。まずは住民生活の再建、そこにこそ政治の手が真っ先に差し伸べられるべきだと感じました。

焼け爛れた小学校校舎 帰路は国道45号を南下し、山田町を経てここも街が壊滅的な被害を受けた大槌町。スクラップと化した消防車ががれきの中に埋もれたままになっていたり、3、4階が焼け爛れた跡を無残に残す小学校校舎。復旧・復興への道のりは遠く険しい、そう感じながら街を後にしました。

 私たち一行3人は翌16日正午ごろ無事米子に帰着。こちらで被災地を支援することはできないだろうか、相談しているところです。カンパや支援物資をたくさんお寄せいただき、私たちを送り出していただいたみなさん、ありがとうございました。また、宮古で私たちの活動を支えてくださった現地の党組織のみなさん、息の長い取り組みになるでしょうけど、お体に気をつけられ被災者支援にがんばってください。

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