元県議の鈴木鋭さんが亡くなる

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鈴木鋭さん 27日朝、鳥取市議の角谷敏男さんから電話。日本共産党の鳥取県議などを務めた鈴木鋭(すずき・えい)さんが今朝ほど亡くなった、と。妻がかつて勤務していた鳥取医療生協の専務、組合長など歴任されていた関係で、私たちの結婚式で鈴木さんご夫妻に仲人をお願いして以来、長く親しくしていただいていました。ご冥福をお祈りいたします。

 鈴木さんは満州(現・中国東北部)で応召され、戦後になって帰国した後、働く人たちのための医療機関を―と、鳥取医療生協の立ち上げに尽力。1951年(昭和26年)の創立以来の歴史は、「鳥取医療生協組合史」上、下巻40周年にあたる91年に上梓され、鈴木さんが代表執筆者を務めた「鳥取医療生活協同組合史」(上、下巻)にくわしく記述してあります。

 その間、50年から2期連続して鳥取市議、75年からは3期連続して県議を務め、住民の命と暮らしを守るために奮闘されました。仲人をしていただいた関係で、毎年お盆や正月に妻の実家の船岡にいった際、鳥取市行徳のお住まいに伺うのが慣わしとなっていました。

 私が新聞社勤めをやめて市議選に立候補するときも、「がんばりなさい!」と力強く激励していただいたのを忘れることはできません。晩年は、組合史の執筆に精力を注がれ、わたしや妻がたまに伺うと「若いものがもっとがんばらんと」と言いながらも、やさしく接していただきました。

 享年94歳。安らかにお眠りください。

写真は、県議選に立候補した頃と思われるものです。

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3 通のコメント “元県議の鈴木鋭さんが亡くなる”

  1. Comment by 音ちゃん:

    鈴木鋭さんのお写真懐かしいです。 
    立候補されて何回か落選されて・・・。時間を節約するために、運転手と二人で、回数を増やして。。。など工夫されましたがまた落選。 「演説回数ではない…」と言われていたのを思い出します。 米子にも何回か来られて、ご一緒したことがあります。 お写真のとおり、話し方もキチッとした印象でした。  米子民商初代の事務局長から、若い頃に一緒に肉体労働をされていた話も聴いていましたので、そんなことも思いながら、演説を聴いたりしました。 この場をお借りしてご挨拶します。長い間お疲れ様でした、心よりご冥福をお祈りします。

  2. Comment by 岡村英治:

    音ちゃん、ありがとうございます。この写真、なぜ私の手元にあるのか不思議な気がします。私にとっても鈴木さんは尊敬すべき議員でしたし、偉大な共産党員でした。今はただ、愛すべき人を失ってしまった、という深い気持ちに浸っています。

  3. Comment by 岩永尚之:

    鈴木さんの業績の大きさを、あらためてかみしめているところです。鈴木さんの残したもの、遺志をしっかり引き継いで頑張りたいと思います。

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