新聞人としての原点はやはり「校閲」

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昨日(21日)のブログで書き込みしました「安倍?公房」について、反響があったようです。最近の新聞社では合理化・電算化によって、記者からの記事の配信はパソコンによる“完全原稿”が前提となって、チェック機能が省略化され、私にとっては懐かしい「校閲」部門がなくなっている例が多いようです。現在の日本海新聞社がどうなっているのかわかりませんが、果たしてそれでいいのでしょうか―。

私が途中入社で日本海新聞に入社し、最初に配属されたのが「校閲課」でした。当時は、活版からオフセット印刷に切り替わっていましたが、当然のことながら記者の原稿は手書きで、それをパンチャーが入力していました。プリントアウトされた原稿を、“新聞社としてのアンカー、そして最初の読者として”チェックする役割が校閲に課せられていたのです。

「記者志望」だった私として、校閲への配属は多少不満だったのですが、わずか1年半の経験でしたけど、その後の新聞社生活、議員になってからの活動の原点の一つになったのが、この校閲での仕事だったと思っています。

当時は個人情報保護など今ほど浸透してなく、県立高校合格者名簿なども新聞に掲載されましたが、この作業などは大変なものでした。何しろ、個人名を間違えるわけにはならず、ペアを組んでのど飴をなめなめ読み合わせしながら、何千名もの名簿とパンチされた原稿とを見比べて、合格者名を確認した記憶が今でも鮮明に残っています。

そして何より、間違った記述を紙面に残してはならない、そんな思いで仕事に励んだものです。字句の間違いはもとより、記者の思い違いで間違った記述があった場合でも、紙面に掲載される前にきちんと訂正しなくてはなりません。“博学的”な総合的な力量が校閲には求められていたと思っています。そういった意味で、当時のD課長は私にも厳しく教えていただいた“恩人”です。

そんなこんなで、とりわけ“古巣”の日本海新聞については、その間違いに敏感に感じるのです。がんばれ!郷土紙‼

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