「活動日記」カテゴリーアーカイブ

豪雨災害が心配

昨日から私用で岡山県新見市に来ています。

午前中は「TPP協定からの即時撤退を」と街頭宣伝を駅前支部の竹内利友さんと10回。

それから中国山地を超えました。

昨日米子道の蒜山・湯原間が土砂降りで、北房・新見間もよく降りましたが、

何事もなく到着し、米子も大したことにはなってないので安心したのですが、

島根県の浜田・江津・邑南町が大変なことになっております。

人命にかかわる大災害にならねばいいがと、

私用での旅の途上ですが心配しています。

今日は兵庫県佐用町へ。

佐用は4年前の水害で、十数名の犠牲者をだしたところ。

私の父の故郷で、妹が住んでいます。

今日はその慰霊のレクイエム・コンサートです。

よくもまあ、ここまで改悪のプログラムー「プログラム法案」

昨日安倍内閣は社会保障の改悪の手順を決めたプログラム法案を閣議決定。

医療・介護・年金・保育の分野での社会保障の切り捨てを、負担増を、

ここまであからさまに全面的に打ち出されたことはこれまでありません。

安倍政権の暴走も、よくもまあここまで、と呆れはててしまいます。

この暴走、何としてもくい止めなくては。

徳島から13人のお客さんたちー徳島「文化ホール」の廃止を白紙撤回させるため、米子に学べと。

徳島市では今、中心市街地の新町西再開発と絡めて、

今ある米子市公会堂よりも5年あたらしい「文化ホール」を廃止し、

再開発の中心市街地に新築するという計画が進行しかけています。

新町西再開発の白紙撤回を求める市民団体と共産党などの議員ら13人が来られ、

米子で公会堂の存続の推進力となった、

米子市公会堂市民会議のメンバーと出会い交流されました。

岡村英治議員と私が同席しました。

新町西地区で営業している人、生活している人を無理やり追い出す計画になっており、

文化ホールも専門家の診断もなく「老朽化」の一言で廃止を決めた徳島市長。

4万4千の署名を集めたのに、住民投票を議会は否決し、

市長のリコールも視野に入れながら頑張ると言って帰られました。

帰りがけに公会堂に立ち寄られた途端の土砂降り。

バスから降りて見る、写真を取るを決行されたのは2人でした。

 

残暑お見舞い申しあげます

この数日の暑さときたら、たまりませんね。

夜に入ってもなかなか気温が下がりません。

考えを整理する時には涼しいところに逃げたりしていますが、

夜も度々眼が覚めます。

熱中症に注意しつつ、あとしばらく頑張りましょう。

★これは沖縄の風景です。インターネットに前田ちひろ那覇市議がアップされたもの。

暑いけれど、からりとした、爽やかな風景です。

「産廃処分場は白紙撤回を」-署名を求めて地元自治会へ

今日「淀江産廃処分場に反対する会」の8名は、

処分場建設計画のある淀江の地元の二つの自治会に、

平井鳥取県知事に処分場計画白紙撤回を要請する署名を持って、

夕方から夜に掛けて一軒一軒訪れて、署名を求めました。

「部落全体で決めることになっとるだけん」とか、「主人が留守で決められん」とか、

書いて頂けないことも、もちろんありましたが、

玄関払いのような家はなく、押し問答になったのが一軒。

「いいと思わないが必要なものなのではないか。」(←埋める、焼くというゴミ処理ではなく、鳥取県が全国に比べても進んでいるリサイクル率をもっと進める、事業者に生産者責任で処理のことも考えた商品を作って貰う)

「造らなかったら不法投棄が増えるのではないか。」(←処分場造ってもなくならない。)とか、

「遮水シート、ほんとに大丈夫か。」(←47年大丈夫というが、数年でシートが破れる例がいくつもある。いくら丈夫でも最期は破れる。)

などなど、どこでも熱心な対話になり、とても心配されていることが伺えました。

緑の多い、水音の高い、この地域を歩きながら、

こんな自然の恵み豊かなところを汚してはいけないと、改めて思いました。

スタートの5時台は写真のように明るかったけれど、

終わりはとっぷり暮れて、それでも汗の噴き出る暑い夜でした。

★壁に珍しい「こて絵」のある家があり、

頼んで写真を撮らせてもらいました。

 

米子市立図書館・美術館が、リニューアル・オープン

 

お待ちかねの図書館・美術館がりーニューアル・オープンしました。

暑い日差しの中とあって、オープニング・セレモニーは、

テープカットのみを前庭で、

あとの式典は図書館2階の大研修室で行われました。

セレモニーを待つ人々の間を、

ヨネギーズのネギ太とネギ子が笑顔を振りまいて握手して歩いていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

広くなった図書館は、特に子どもの図書スペースに力が入れられていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

新たな自動貸出機の周りも早速借りて帰る人でいっぱい。

 

 

 

 

 

 

 

2階には展示スペースも2ヶ所つくられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美術館は23日から始まる「市展」 が実質オープンになります。

ライトと可動式の間仕切りが、新しいものとなり、

壁の塗り替え、床の張り替えがされました。

金曜は「原発ただちにゼロに!」

金曜は私にとって「原発ゼロの日」。

毎週金曜は中電前の朝立ち。訴えの中身もっ原発ゼロへ、に重点をおいて。

そして夕方は金曜反原発デモ。

このところ人数が揃わず、今日は特に少なかっけれど、

「原発なくすまで頑張るぞ」と中電までのデモ。

金曜の夜とあって、「飲もうか」と駅前居酒屋街に集まって来る人たちからは注目されています。

今日も若い男性が横断幕「さよなら島根原発」(参加者の寄せ書き増殖中)をカメラでパチリ。

撮り終わったら。デモ隊に拍手してくれました。

★カメラ忘れるんです。荷物軽くして歩くことばかり考えて。

「戦争をする国」とさせないために全力をつくしますー敗戦記念日街頭宣伝

今日は68回目の終戦(敗戦)記念日です。

県議・市議団の、錦織陽子、岡村英治、松本松子さんと私の4人で、

駅前「いしかわ」横、公会堂前の2ヶ所で、

街頭宣伝をおこないました。

今安倍普三政権は、「戦争をする国」へとあからさまな暴走ぶり。

集団的自衛権の行使の道を開くことに躍起となったり、

侵略戦争や植民地支配を反省・謝罪した「村山発言」、「河野発言」の見直しをすると言ったり。

今日靖国神社へ参拝はしませんでしたが、「総理大臣」として玉串を捧げたという。

靖国はあの戦争を「自存自衛」「アジア解放」のための聖戦だったという、

歴史的事実を捻じ曲げて、軍国主義の日本を丸ごと賞賛する施設です。

これに玉串を捧げる安倍氏の本心は明らかです。

安倍内閣の暴走を食い止める、

戦争をする国にさせないために全力を尽くす、と訴えました。

★昨日の日南美術館で見た小早川秋聲の「國之楯」。左が桜のあるもの。右は後に塗りつぶしたものです。

 

 

「戦争の記憶」ー日南町立美術館

米子から車で1時間車、緑水湖、日南湖と二つのダム湖の横を通り、

日南町立美術館へ。小さな町の小さな美術館ですが、

戦没画学生の絵が「無言館」から来ています。そして、

「國の楯」という、従軍画家の小早川秋聲の印象的な作品が展示されているからです。

戦没画学生の絵は黙って訴えかけます。

これから展開するはずだったあの人たちの人生、

それが戦争によって切り裂かれたことを。

残された家族や恋人の人生を塗り替えたことを。

「あと5分、10分でいいから、この絵を描き続けたい」と、

出征前に一心不乱に描き続けた人は、ひとりふたりではありませんでした。

「そんな兄には声を掛けられなかった」と語った妹さん。

「この続きは帰ったら必ず描くから」と、モデルとなった恋人に言って行ってしまった人も。

ひと目で魅かれて、ああ長生きしてほしかったな、と思わせる絵にも出会いました。

そして、「國の楯」。寄せ書きのある日の丸で覆われた兵士の骸。

従軍画家がリアルに描いた絵ですが、ショッキングな絵です。

骸の上に書かれた桜の花は、後で塗りつぶされています。

日南町立美術館、特徴ある良い催しをありがとう。

小さくともキラっと光る美術館になって下さい。

今日はお盆の2日目でした、そして明日は終戦記念日です。

 

 

 

「佐伯祐三とパリ」展を見に松江に

お盆とあって、朝立ちもお休みし、

代わりにではないのですが、

午前は日ごろ出来ないでいる草取りを。

午後は松江の島根県立美術館に。

「お目玉」の佐伯祐三展も良かったけれど、

常設展の各部屋の顔ぶれが、またラッキーでした。

版画は池田万寿夫、陶器は河合寛次郎でしたし、

写真の奈良原一高さんも、ベニヤ板を使った彫刻も面白かったので。

佐伯祐三は、上の絵「郵便配達夫」が有名ですが、私は右下の「煉瓦焼」が好きでした。

重く暗い色合いで四角い建物の絵が多い中で、丸くて赤くて楽しそうだったのです。

美術館の中のお店で冷たい「レモングラス」(ハーブティ)をゆっくりと。

今日もたっぷり水分とってたっぷり汗をかいた日でした。