「活動日記」カテゴリーアーカイブ

議会も初顔合わせ

1月6日(月)、土日の関係で9連休となった市役所も仕事始め、

議会も初顔合わせとなりました。

午前の互礼会、午後の「米子市新春のつどい」(国会、県会議員や米子市各界人との顔合わせ)、

夜の米子市新年会、と賑やかな一日。

間を縫って市議団の打ち合わせと「議会だより」の編集会議も行いました。

一日中もっぱら話題は6月の市議選に集中です。

今年は、秘密保護法、原発再稼働などなど、大問題の待っている激動の一年。

市議選もその中の大きなモメントとなると思います。

心引き締め頑張らねばと思い新たです。

市議選の待つ年明ける空茜    よし枝

★写真は岡村英治議員のFBより頂きました。議会事務局の方に撮って頂きました。

年賀状、ただいま作成中

年賀状が、数年前から2日も配達されるようになりましたね。

あら、陽ちゃん今年は小学生か、とか

瑞子さんも初孫が・・・とか

歳月の流れを改めて感じながら、楽しんでいます。

うちの年賀状は実は今、作成中です。

みなさま、もう少々お待ち下さい。

喪中はがきの多いことに、そんな年代になったんだなと、

また別の感慨があります。

★写真は、うちの玄関の花です。

2014年 明けましておめでとうございます。

秘密保護法、原発ゼロの撤回宣言、靖国参拝・・・と、

まったく何をやってくれるんだい、という安倍自公政権の大暴走。

怒りの中で2013年は暮れました。

しかし、秘密保護法が成立した後で、この法律を撤廃させようという運動が高まったように、

国民多数の願いに真っ向から反する安倍政権の政策の数々、

決して国民は認めない。諦めはしません。

激動の情勢、市議選もあって大変大きな1年です。

頑張りますので、今年もより一層のご支援をよろしくお願いします。

★恒例の元旦正午、神田神社前の核廃絶署名を行いました。

黒っぽい背広の、右翼的なグループかなと思われる一団が、参列の行列に並んでこちらを見ておられましたが、

リーダー風の方が寄って来られて、先ず今日最初の署名をされ、多額のカンパを頂きました。

あとの方も数名、続いて署名とカンパをされました。

(核廃絶は)「当たり前のことです。」と言いながら。

今年初めのびっくり、でも当たり前のことだと言う言葉に頷きました。

後方、着物姿でマイクにぎってるのが私、錦織陽子さんに撮って頂いたもの。

ガリガリに凍っていますーまだ明けぬ間の新聞配達

昨日思いのほか厚く積もった雪が、

そのまま残って凍っていて、細い道は走りにくい。

大きな通りを出来るだけ選んで新聞配達済ませました。

今日が日曜で、出勤する方が少ないのが幸いです。

この雪の中ですが、ここ数日、晴れ間に訪問活動もしています。

原発や消費税、年金、話しが出来れば結構長くなります。

「安倍首相の靖国参拝」も話題になりました。

「この日、自民党も入った超党派の国会議員団10人で友好のために訪中していたが、

会談の日程を中国側にキャンセルされて早々に帰国」

という田村智子参議院議員の話をすると、

「素人の私でさえわかることが、なんで安倍さんにはわからんのか。」と、

50代後半の女性ですが、情けながったり、怒ったり。

「その挙句に、その夜マスコミ幹部と料亭で懇談ですからね。マスコミの批判が鈍る。」

「何とかしないと戦争にもっていかれる」

「頑張って!」「力貸して下さいね、お願いします。」と話しました。

全く新しい出会いもあり、足を踏み出すまでは勢いがいりますが、訪問はやはり元気の素です。

 

雨から霙、そして雪に

今日は年内早めに終わらせようと「赤旗」紙代の集金に、

市役所庁舎内と地域を走り回りました。

この夏改築終えてオープンの美術館・図書館と市役所庁舎の間には、

石畳の広場があり、「憩いの広場」と名付けられています。

リニューアルオープン記念で「サントリー美術館展」の開かれている、

米子市立美術館には改築とともに新設された喫茶店があり、

窓からその広場を見るようになっています。

窓の外は雪。

今朝はまだ晴れ間もありましたが、

お昼まえから雨、霙、雪とかわり、気温も下がりました。

一息ついてコーヒータイムです。

「サントリ―美術館展」は来月19日まで続きますが、

明日までが前期で、後期は出展内容が変わります。

 

境水道―議会が終わったら、今度は境港市議選です

今日は境港市議選の予定候補・定岡敏行(さだおかとしゆき)さんの事務所に出かけました。

これから2月2日告示、2月9日投票の選挙まで、

議会やその他の用務の間を縫って境港に通うことになります。

今日は次の日程までの間が少しあって、

ひさしぶりに港を、境水道の横を歩いてみました。

水木しげるロードの賑わいから少し外れて静かです。

魚の匂いなく境港の冬ざれて    よし枝

「特定秘密の保護に関する法律の廃止又は抜本的改正を求める意見書」採択

米子市定例12月議会は今日閉会しました。  

秘密保護法反対の陳情がふたつ出ていましたが、

秘密保護法は既に成立しているものの、趣旨は受け止めるべきと趣旨採択となり、

「特定秘密の保護に関する法律の廃止または抜本的改正を求める意見書」が採択されました。

原発関連の3つの陳情は、

「島根原発の再稼働に対する慎重な判断を求める陳情」のみが継続審査となり、

「原子炉の再稼働に反対し、原子力に頼らないエネルギー政策への転換を求める陳情書」、

「島根原発の『新規制基準適合性審査』申請内容に関する情報公開と市民説明会開催を求める陳情」は不採択となりました。

「原子炉の再稼働…」は委員会で継続審議となったものが、全体会で否決され委員会に差し戻し。

採択か不採択かを問われ、4:6で不採択となり、再び全体会の採決へ。

私は急遽原稿を作くり採択を求める討論をしました。

私は朝から議案・陳情に対しての反対・賛成の討論討論、別扱いの継続審議の陳情2本の賛成討論をしていたので、都合3度の登壇となりました。

「市民の同意なく淀江産業廃棄物管理型処分場建設を勧めないよう決議を求める意見書」は、不採択。

採択で起立したのは、日本共産党米子市議会議員団の岡村、松本、石橋の3人に、中川、門脇、伊藤、国頭議員の7人。

傍聴席から起立した7人に拍手が送られました。

と言う訳で、なかなか疲れる最終日でしたが、最期の最期、

秘密保護法の廃止または抜本的改正を求める意見書を14:13(1人欠席、1人退場)で採択し、国に上げることになって、

「勝った!」と手をたたき合い、喜び合いました。

定岡敏行さん・安田とも子さんの事務所開き

今日は来年2月2日告示、9日投票で闘われる境湊市議選の、

定岡敏行、安田とも子両予定候補の事務所開きが行われました。

私は定岡敏行さんの事務所開きに参加しました。

定岡さんは、西部広域の新大型焼却炉建設をやめる決断を市長にさせたり、

下水道の問題でも、税金の無駄遣いを止めさせて何十億もの節約となった実績があり、

地元支部の女性の弁では、「境港になくてはならない金庫番」だそうです。

議会基本条例をつくるなど、議会運営においても境港議会になくてはならない人と、

党内外から信頼の寄せられる人です。

「それだけに、定岡さんは大丈夫だからと、票が崩されることが一番心配」と錦織陽子県議。

ベテラン定岡敏行さんと、フレッシュ安田とも子さんのベストコンビ、

ご支持の輪を大きく広げていただいて、どうか議会に送り出して下さい。

★定岡さんと、下の写真が安田とも子さんです。                             

「残してきた風景」ー私たちが湖北省で犯したことー

以前紹介しました本が出来上がり届きました。

元戦犯15人が記した中国侵略の真実です。

表紙や中の挿絵を描かれた、故・桧山高雄さんの言葉、

人を楽しませる風景ではありませんが

わたしは描き続けます

それは

中国に残してきた

わたしの風景ですから

 

明るい絵ではありませんが、訴える力の強い印象的な絵です。

どうか、あなたも読んでみて下さい。

いま、世に出そうというこの方たちの思い、受けとめたいと思います。

詳しくは、11月17日の私のblogで。                      

「公田耕一」というホームレス歌人

読むものも、書くものも、全て質問や討論に関するもの、

という日々が続くと、

全く関係ないものを、無性に読みたくなります。

今、起きがけ15分、寝る前15分、とかチョビチョビ読んでいるのが、この本。

2009年の冬、数か月だけ朝日歌壇に十数点の入選句を残して、

ぷっつりと消えた「ホームレス・公田耕一」と名乗る歌人。

横浜寿町や関内駅周辺を歩いて、ホームレスの人たちの間を歩き、

「公田耕一」を探す、その短歌に詠まれた暮らしや人生を追う、ドキュメンタリーです。

私の詩歌の原点は、母が戦後本もない頃古本屋で買った石川啄木の、

「一握の砂・悲しき玩具」で、繰り返し読み、線を引きながら読んだものですが、

20代には、朝日歌壇入選から作家になられた松下竜一さんの「豆腐屋の四季」にも大きな影響を受けました。

松下さんの歌はしろうとっぽい、ごっごっした、生活の悲しみやいとおしさの詰まった歌でした。

このホームレス歌人の歌の中に出てくる横浜は、

最近妹のところで共に暮らす母を訪ねて度々足を運んでいる町です。

そして2009年ごろは私の身内にもリストラや倒産が続きました。

そんなあれこれを想いながら、大事に読んでいます。

 

パンのみで生きるにあらず配給のパンのみみにて一日生きる

胸を病み医療保護受けドヤ街の柩のような一室に居る     公田耕一