わが家のくちなしです。
雨が何日か降り続いたら、
やっと咲くのです。
香りを楽しみます。
(背景がゴタついていますが、マイ・フェバリット・コーナーで。)
わが家のくちなしです。
雨が何日か降り続いたら、
やっと咲くのです。
香りを楽しみます。
(背景がゴタついていますが、マイ・フェバリット・コーナーで。)
今日は金曜行動(反原発デモ)の後、
昨年に続き2度目の保養プロジェクトの取り組みの会を開きました。
7月28日(日)から8月2日(金)の5泊6日で、
4組程度の福島の親子を保養に招きます。
放射線量の高い福島に暮らす人たちに、
放射能汚染のないきれいな空気の中で過ごすことは、
放射能の影響を軽減する有効な保養となるということです。
スタッフ、食糧の提供、カンパなど、
いろんな形で応援していただければと思います。
主催;山陰放射能汚染を考える会(代表・雨宮美菜子)
℡ 080-5306-3754
私の俳句の友であり、新俳句人連盟の先輩、
渡辺をさむ(本名・渡辺大修、正福寺前住職で樹木葬責任者)さんが第1句集を出版されました。
50歳を過ぎてから俳句を始めて10年の間の自選句。
「反戦・平和」がわが人生のテーマという、をさむさんが、
正面からテーマに取り組んだ、解りやすく大らかな句、
明るく、そして優しい句に、この表題この装丁はぴったりです。
頬をうつ木の芽の雨は非戦です
自決碑のだれも無口になる桜
メーデーの瞳に憲法の透視力
雪よ隠すなその碑津波の到達点
九条手書きの凧碧天へ雑草派(あらくさは) をさむ
★渡辺大修さんの名、秀でなく修でした。ご指摘があり謹んで訂正します。
「ファーマーズ・マーケット」が今日催されました。(写真は竹田誠二さんから拝借)
西福原のティズ・クレイというお店の駐車場が、若い家族連れでいっぱい。
有機農業の野菜や、自然の素材のジュース、天然酵母のパンなど、
鳥取県西部で、新しい農業や自然な食品づくりに取り組んでいるお店が並んでいました。
FBで新しく「友達」承認していただいた漁師の中村隆行さんが出店、
岩ガキがお得な価格であるよって聞いて、ひとっ走り。
美味しい岩ガキを頂いてきました。
こんなに美味しいのは初めて。一個を二口で食べる私をみて、
お店の方が写真に収められました。(私のカメラには空のカキ)
日干しのアゴ、ワカメや、パンを買い込み、
季節の白ワインジュース(アルコールは飛ばしてある)、牛蒡ジュースなどを飲み、
お昼を待っている家族に手打ち蕎麦を買ってかえりました。
中村さんは埼玉からIターンで御来屋にきて素潜り漁をしている方。
先日地元紙に出られたと知って記事探し。紹介します。
岡山市へ後援会活動の交流会に行ってきました。
帰りは米子道を湯原インターチェンジで降りて、
真庭市都喜足(つぎたる)の足(たる)温泉に寄りました。
源泉かけ流しの神経痛や関節痛、皮膚病などに利く温泉です。
旭川のほとりに立つ真庭市営の、小さいけど綺麗な温泉館です。
これで4度目位の利用ですが、
いつも近在の家族ずれなどが静かに利用されている、落ち着いたところ。
バリアフリーで車椅子の方にも配慮があります。
家族風呂もあり。
★写真は露天風呂、格子の柵の向こうは旭川と山です。雨がポツポツ落ちる薄暮の露天風呂もよし。
今夜は市民劇場観賞会、朋友の「真砂女」でした。
一度は観たいと思っていた藤真利子さん主演。
周りを何かと騒がせながら、
実の娘も困らせながら、しかし
自分に真っ正直に生きた鈴木真砂女の生き方に、
熱い共感の拍手。
その実の娘さん、文学座のベテラン女優、本山可久子さんが語り手として登場。
「今でも心の中でお母さん、と叫んでいる」と語るラストシーン。
ぐっと来ました。
あの母子のように叩き合い、取っ組み合いはしなかったけど、
私も自分の生き方を通して娘を泣かせたことのある母親ですから。
夏帯や運切りひらき切りひらき
今生の今が倖せ衣被 真砂女
用事のついでに足を延ばし、
南部町の「佑生出会いの館」まで車を走らせました。
知らずに行ったたのですが、偶然、
米子の人形作家・安部朱美(あべ・あけみ 1950年南部町生まれ、米子市在住)の人形展に出会いました。
粘土の人形多数に彫刻も数点あって堪能。
安部さんの作品としては母子像や子どもの集団遊び、家族団欒などが有名で、
昭和のちょうど私たちの子ども時代の雰囲気、風景のものがたくさん。
でも私は思春期の少年や少女をモチーフにした、
もの思う表情の壁掛け作品「萌芽」や「想」が好きです。
板佑生(いた・ゆうせい 南部町 1889~1956 孔版画家、郷土玩具収集家)の版画も、もちろん好きです。★絵葉書は佑生です。
10日、横浜の神奈川近代文学館の「井上ひさし展」をみました。
偶然同じ日に「しんぶん赤旗」の「潮流」欄に紹介された、
養護施設に暮らすひさしと母との間に交わされた手紙やはがきの展示もありました。
貧しさ極まって、ひさしと兄は養護施設、母はひとり暮らして土方仕事という中でも、
離れ離れでも、「元気に、素直に」生きて行こう、座り込んだり後ろに下がったりすまい、と教える母、
映画に夢中のひさしに映画評は映画誌に欠かさず送れ、何があなたの人生を「善転」させるか分からないと励ます母、
小説家を志し映画が好きで、左翼運動に身を投じて早くに亡くなった父は、面ざしもひさしとそっくり。
でも、お母さんの影響も大きいことを知りました。
自筆の原稿、プロット、それらにひさしが自ら入れている創作のための脚注、
それら多量の資料に、抱え込んで座り込んで読めたらな~と思ったことです。
文学館のある「港が見える丘公園」は折しも薔薇が盛り。
またその一隅には、緑区で墜落した米軍機の犠牲となった母子3人を祈念する、
「愛の母子像」もありました。
党事務所の日直以外は、ほぼ家の中で、
ぼちぼち片づけなどをして過ごした連休後半でしたが、
4日に名和に用が出来て出かけ(これについてはまた後ほど)、
ついでに有名な藤寺ー住雲寺の藤まつりに寄り道。
五分咲きだそうです。
今週が満開かな。
甘い香りは、残念ながら届きませんね。
そろそろお終いかなと、近寄って見た、わが家の御衣黄(ぎょいこう)、
なんと濃い色の、チェリーピンクです。
わが家で咲いてくれるおかげで、変化がよくわかる。
色の濃さには年々の違いもあるかも知れませんが、
だんだん色が変わることがわかりました。
咲き始めが下の眞緑、だんだんピンクが濃くなって、なんと今はこれです。