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5月1日 午後5時30分、米子市文化ホール前の広場に集合しました。色鮮やかな旗が風に翻りました。
年金者組合の立林 央士さんが議長の挨拶をされました。彼の優しい語りは、いつもながらほっこりとします。

実行委員長の高教組の森さんは、挨拶の中で、旧国鉄職員の一人が雪のため、事故が起きてはならないと勤務時間より早く出勤し、線路を除雪し、夕方、4時ごろ家で風呂に入った。定刻より数時間も早く出勤し、勤務時間より長く働いた職員をどうして守らなかったのか、 一人はみんなのために、みんなは一人のために、そうした組合がこれからますます必要になってくる。頑張ろうと発言されました。 今でも、私の胸に響いています。

5月3日 今日は憲法記念日と淀江の日吉神社の春祭りでした。米子では、金光教の春の大祭がありました。
生憎の雨で、「よいとまかせ」神事は中止とか。私の町内では、毎晩、笛や太鼓の練習をして家からでも音色が聴かれましたのに、出番を失った子どもたちや指導者はさぞがっかりだったことでしょう。

午後1時半から鳥取大学の中村英樹先生の憲法学習会が文化ホールでありました。
憲法9条を改正して集団的自衛権を可能にすべきか、など難しい話を優しく、これからもぜひ聴きたいと思いました。

先生が鳥取市の9条の会に寄せられたメッセージ、ぜひ、ここに載せたいと思います。
「戦争絶滅受合法案」、これは、20世紀初めにデンマークの陸軍大佐フリッツ・ホルムという人が考案したものだそうです。
戦争が開始されたら、十時間以内に、次の順序で最前線に一兵卒として送り込まれる。第一、国家元首。第二、その男性親族。第三、総理大臣、国務大臣、各省の次官。第四、国会議員、ただし戦争に反対した議員は除く。第五、戦争に反対しなかった宗教界の指導者。これに財界指導者も加えるとより良いかもしれません。ホルム大佐は戯れで考えたようなのですが、しかし、この法案は、戦争というものの本質を鮮やかに浮かび上がらせていると思います。つまり、自分は死なないと思うからこそ、戦争を始められる。 私たちが、憲法9条や国の安全保障について考えるときには、「戦争が始まれば真っ先に死ぬ可能性のある当事者」として考える必要があるでしょう。「国」が提供する美談に酔って、自ら命を捧げるようなことがあってはならないことです。その意味で「国」すなわち実際の権力行使者の手足を縛り、安全保障に関する危険な選択肢をあらかじめ排除しておくという憲法9条の果たす役割は、これから先も当分失われることはないと思います。日本をはじめ各国で、「戦争絶滅受合法案」が成立するまで。というメッセージ、 皆さんのいろいろな考えをお聞かせください。

玉の浦という椿です。

一人はみんなのために、みんなは一人のために、