2012年1月

月間アーカイブ

24日、市から予算要望に対する回答

| 12年1月25日 | お知らせ

日本共産党米子市議会議員団が市長に提出していました来年度(2012年度)予算要望に対する回答がありました。市議団では回答内容を検討し、3月定例議会の代表質問で取り上げるなど、市民要求実現に向け一歩でも前進できるようがんばってまいります。回答内容をご紹介します。

>> 2012年度予算要望に対する回答( 日本共産党米子市議会議員団 )米子市 PDF538KB

川柳で盛り上がった年金者組合

| 12年1月20日 | 雑記帳

1月17日 新年会が「よなご荘」で11時からありました。一番人気があるのは何といっても、ビンゴゲームです。私はウサギの縫いぐるみをいただきました。
こんな可愛いうさちゃんをもらって大満足です。その他にも欲しいものがたくさんありました。入会されていない方を二人も誘って参加してくださった方もありました。
年金者組合が他の会と違うところは、暮らしやすい社会にするために運動もする団体であることではないでしょうか。政府は、今年の年金から、引き下げることを決めました。また、支給年齢の引き上げも行います。22首の川柳の中で「若い頃、こんな世の中になるとは夢にも思わなかった」という意味の歌を詠まれた方もありますが、まさにそうではないでしょうか。即興なのによく読めるなあと感心しました。

午後、2時から、介護保険の策定委員会を傍聴しました。今年から第5期の介護保険が始まります。保険料をどうするのか、サービスをどうするのか、議論されました。
保険料については、委員さんの中から、低所得者にとって介護保険料は大変負担が重い。収入の高額の人に頑張ってもらうようにしてはどうか。サービスについては、在宅で不自由な暮らしをしている現状を何とかしなければならない。グループホームの増設が必要ではないか。傍聴している石橋議員と”そう、そう、ご尤もです。”と顔を見合わせてニッコリ。私たちが、これまで要望してきたことが大勢の意見になりました。

市の担当者は、「皆さんの意見をもとに提案準備にかかります。」 次回も傍聴します。

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淀江地域審議会で高城(コソン)郡との姉妹都市解消の説明を聞く

| 12年1月15日 | 雑記帳

淀江町と韓国高城(コソン)郡との関係は、1996年に始まり、町民、役場職員が活発に交流していました。交流員が講師になり韓国語講座も開かれていました。、何年か前、友人と二人で大山に行った時のことです。博労座の観光会館で彼女が韓国語の説明を読むことに驚きましたが、後になって、友人も韓国語講座に通ったので読めるようになったとききました。合併後、交流員も見かけなくなり、韓国語講座も継続が困難になったと聞きました。以前には、町民の訪韓も何度かあったと聞いています。今日の知らせを聞いて、寂しく思われた方もたくさんあるではないでしょうか。国と国との付き合いは、通じ合えないことも多々あるのでしょうが、乗り越えられない理由が、淀江町の合併によるのであれば、合併後の米子市の努力が問われます。市の説明では、2010年には、15周年を迎えることから、今後の交流について担当課長宛てに文書を送ったが返事が来なかった。2011年、市は企画部市民自治推進課長以下3名が高城郡庁を訪問し、交流の意思がないことを確認したので、解消するというものでした。県を上げてアシアナ航空を支援しながら、米子市ではこれまで築いてきた友好関係を解消するという、皮肉なことが起きています。淀江支所には、コソンから贈られた品々と協定書が空しく置かれています。

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「明るい米子」12月議会報告 (2012年1月発行)

| 12年1月10日 | 明るい米子, 米子市議会, 議会報告

2011年12月議会報告「明るい米子」が出来上がりました。今号は、中国電力との原子力安全協定、学校給食の問題を特集しています。あすから各家庭にお配りすることにしていますので、ご覧いただきご意見をお寄せください。

>> 明るい米子12月議会報告 (2012年1月発行) PDF595KB

あまりの晴天に明日が恐ろしい!

| 12年1月9日 | 雑記帳

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1月8日(日) 年始の荒れはどこえやら、今日は快晴になりました。
大山は、晴れ姿をすそ野まではっきりと見せてくれました。
近くまで行きたいと思いながら、バスの中から、日野橋の交差点で撮りました。
私だけではなく、携帯電話から、ぱちぱち写す人もありました。
どうして、こうも大山は、私たちの心に癒しを与えてくれるのでしょうか。

福島にも、宮城にも。岩手にも、大山のように、人々を癒し、勇気づける山や川があることでしょう。
そうした故郷があっても、いまだに帰れない、もう帰ることをあきらめている、若い世代が半数もあったと、
アンケート報道を知りました。生活の基盤も、その上に心の支えを失った人のことが思われます。

原発の耐用年数を政府は、40年とも決めたような報道もありますが、
被爆すれば、何代にもわたって、影響を受け続けることになります。
事故が起きないという「安全神話」は崩れ去りました。
今年は、声を大にして、将来を生きる子どもたちに代わって反対の世論を強めようと思いました。